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L'Austral
ロストラル (カンパニー・デュ・ポナン)
ベニス〜クロアチア〜モンテネグロ〜コリント運河通過〜アテネ
2012年9月
 
 
9/21 ベニス
今世界中のクルーズファンが、もっともクルーズ船で出港してみたい港がここベニスである。
 午後7時、絶品の夕景の中、ロストラルはベニスを出港、サンマルコ広場、5つ星ホテル・ダニエリのすぐ目の前を通り、アドリア海へと滑り出す。そんないきなり感動的なシーンからこのクルーズは始まる。
フランス唯一のクルーズ会社カンパニー・デュ・ポナン。そのエレガントなフレンチスタイルが今世界で注目されつつある。今回乗船するロストラルは、船客262名、1万トンのスモールシップ、船型は見るからにヨットスタイル、超贅沢なプライベートヨットの様相である。船内はベージュ、ブラウン、白を基調にしたモダンなインテリア。キャビンはスタンダードタイプで22uとじゅうぶんな広さを確保、雰囲気は船の船室というよりはデザイナーズホテルといった感じだ。
ポナンはガストロノミックシップ(=グルメのための船)との異名を持つ。東京なら2万円はするようなフレンチのフルコースディナーとワインを毎晩楽しめる。
午後7時30分、ディナーが始まる。何千人も乗船する大型クルーズ船では、ディナーは1回目6:00PM、2回目8:00PMなど2回制であり、時として1回目の船客は急き立てられる場合があるが、262人定員のロストラルのダイニングには十分な席数が用意され、ゆったりと食事がいただける。一皿目のカリフラワーのクリームスープを口に運ぶ。まろやかでクリーミーで舌触りがよく、そのスープから一気にガストロノミックシップの世界へ引きずり込まれる。これから1週間毎晩この美食を堪能できる。
9/22 シベニク・スプリット
目が覚めると、ロストラルはダルマチアンコーストと呼ばれるクロアチアの美しい沿岸を順調に航行していた。いたって穏やかな海、昨日のベニスよりもやや強い日差し、日中は船のプールで泳げそうなほどだ。
日本では忙殺される日々を送る人間が、急にクルーズ船の洋上にたどり着いたとしてもすぐに順応できる訳がなく、しっくりとくるまでに2〜3日はかかる。また、日本からの長いフライトの疲れもあって、すぐに眠気が襲ってくる。爽やかな日差しが窓から入る船室のベッドで気持ちのいい昼寝、それもまた贅沢な過ごし方である。
正午、船は最初の寄港地であるクロアチアのシベニクに到着した。
この船はアメリカ系の船と何かが違う。それは何かと考えたら、フランス人船客の醸し出す雰囲気だと思った。
とても耳に心地いいフランス語のサウンド、男女とも何気ないセンスのいいリゾートファッション、あくせくしていない優雅な振る舞い。こうありたいと思いながらもなかなか真似のできない「何か」を彼らは持ち備えている。
 ディナーの後はフレンチキャバレーショーを観に行った。4人の女性が妖艶な姿でダンスを繰り広げる。船は夕方シベニクを出港しており、夜10時にはスプリットに接岸、今日はここで一晩停泊する。
9/23 スプリット・フヴァル
朝、窓のカーテンを開けるとイタリア各地とルートを結ぶフェリーが数隻、そしてクルーズ船が停泊していた。アドリア海沿岸最大の港町スプリットは、ローマ皇帝ディオクレティアヌスの宮殿がそのまま旧市街になったという珍しい町。宮殿には地上階とまったく同じ造りをした広大な地下空間が広がり、その両方を散策することが出来る。時折、男声合唱のクラパ(アカペラのコーラス)が聞こえてくる。石造りの建物に囲まれた空間にこだまして響き渡る。
正午すぎ、ロストラルは次の寄港地フヴァルへ向け出港、と同時にシーフードのビュッフェランチが始まった。普段上品なフランスの船客が何かに長蛇の列、その先ではフランス人シェフが生牡蠣を割っていた。クルーズ船ではあまり生牡蠣を供することはない。しかし食に貪欲なフランス人はここまでも求めてくる。軽くレモンを絞っていただく。冷えたロゼワインとの愛称も抜群だ。今回数人の日本からのゲストが同行しているが、この船の食には大満足、ある方は、デザートがとても美味しいとのこと。焼き菓子があったり、チョコレートのムースがあったり、バリエーションが豊富、そしてしっかりと甘い。それが濃いめのエスプレッソに良く合う。
ワインでいい気分になりプールサイドのデッキで昼寝をしていると、ロストラルはわずか2時間のクルージングで次の寄港地、フヴァル沖に碇を下ろした。この気ままな感じがいかにもヨットらしい。あたかも自身が所有するゴージャスなヨットをこの辺りで侍らしているかのような贅沢な気分になる。
夕刻、プールデッキでキャプテン主催のウェルカムパーティーが催された。一応ドレスコードはフォーマルとなっているが、ジャケット着用程度でOKだ。何よりヨットスタイルの船にスーツやタキシードは似合わない。 
船客の70%を占めるフランス人、そしてその他ヨーロッパの方と我々日本人、今回は香港からのゲストも見られた。 キャプテン、ジャン・ピエール・ラメール氏はフランス語と英語で乗船いただいたことへの謝意を伝える。パーティーが終わる頃には日も沈んで、船客はそのままメインダイニングのガラディナーへと流れてゆく。
鴨の燻製黒トリュフ添え、ムール貝のソテー、フィレ肉と極上のフレンチディナーは進行、そして今宵はかなり上等なボルドーの赤振舞われた。
ディナーテーブルでは今までいろんな方と会話を楽しんできた。人それぞれ年齢や職業、出身地も違えば、それぞれに語るべきストーリーがある。いいことばかりじゃない。つらいこともあったかもしれない。しかし船旅のディナーの席にいる人たちは、それらを乗り越えた上でここにいるはずだ。だからこそ、この素晴らしい洋上にいられることに感謝の気持ちを持っている。私は船のことについては一応プロの端くれだが、こういう席ではあまり船の話はしないようにしている。聴かれれば丁寧にお答えする。それよりも各々のゲストの今までの出来事や人生観を聞くことのほうが楽しい。時に、後々強く影響されるような言葉をいただいたこともある。人は人以上に好きなものはないだろうし、人以上に感動することもまずないだろう。世の中がどんなに進化して便利になっても、それを動かしているのは人間に他ならない。
9/24 ドブロヴニク
クロアチアでは最もクルーズ船が寄港するドブロヴニクにやってきた。 ここがユーゴスラビアとの紛争で戦火にまみれたのは、ほんの20年前のこと、その争いは終結し、この地に平和が戻り、今我々はクルーズ船で訪れることが出来る。城塞に囲まれた旧市街はすべてオレンジ色の屋根で統一され、それは城壁に登り街を一望してみればわかる。その美しさは正にアドリア海の真珠と称されるに相応しい。ここまでクロアチアはどこも日差しが強かったが、ドブロヴニクは曇りがかっていて、デッキにいてもすこし涼しさがある。沖合いに停泊しているのだが、荒涼とした山肌には高級ホテルや別荘が建ち並ぶ。そしてメガヨットが数艇アンカーを降ろしている。クルーズ4日目にして初めて持ってきた本に手をとった。落ち着いた気分でなければ読書なんてする気にはならない。つまり私の場合、その船に順応するのに3〜4日はかかるのだ。ここからは変な欲がなくなって、自然体で洋上で過ごせるようになる。
ディナーのメインディッシュにジョンドーリー(まとう鯛)の包み焼きが出てきた。魚料理は繊細である。ゆえに洋上では、特に大型船ではあまり美味しい魚料理は期待できないのだが、ポナンの船に乗れば、絶妙な火加減の魚料理とやさしい味のソース、そしてその一皿のためにセレクトされた今宵の白ワインを楽しむことが出来る。仕事柄これまで様々なクルーズ船へ乗船してきた。それら少なからずの比較対象をもってして言わせていただくならば、ポナンを超える美食を供する船会社は存在しない。ただ高級素材をふんだんに使えば美食と言うわけではない。フレンチはとても手の込んだ料理である。そのベースとなるフォンドボーには大変な手間と時間がかかる。そしてこの船ではワイン選びの手間がない。毎晩最適な赤・白・ロゼがセレクトされている。フレンチはワインとのマリアージュで完成する料理だからだ。ちなみにこのクルーズの代金は1泊3万円ぐらいからである。けして安いクルーズではないが、しっかりとバリューが伴っていて満足度は高い。価格の安さよりクオリティの高さに重きを置く。
フランス人は遊びの天才である。彼らを楽しませるためには、船社は絶対に手を抜くことは出来ないのだ。
9/25 コトル(モンテネグロ)
ベニスから出港して5日目の朝、コトル湾の一角にロストラルは停泊した。鏡のように静かな湾、そこに波紋を立てるのはロストラルと数艇のメガヨットだけだ。それもしばらくすれば収まって、また鏡のような美しい入り江に戻る。
モンテネグロとは黒い山という意味で、山肌の森が日陰になったとき、黒く見えるところに由来している。
旧ユーゴスラビアの崩壊後、セルビアとともに新ユーゴスラビア(セルビア−モンテネグロ)を形成、人口67万人の小さな国である。
 タラップを降りて町へ出てみた。観光タクシーの客引きと交渉、この取材用に対岸からロストラルの写真を撮りたいと伝え、20ユーロで話をつけた。するとここである映画が撮影されたことを思い出した。007カジノロワイヤルである。ジェームズボンドは、モンテネグロのカジノで対決する男に毒を盛られ、愛車アストンマーチンに搭載された解毒機器で一命を取り留める、そのロケが行われたホテル・スプレンディッド・モンテネグロはコトルからトンネルを越えたブドヴァにあった。美しい湾に面してホテル専用のプライベートビーチがあり、西風がビーチに白波を立てる。このホテル最上階に「カジノロワイヤル」があった。
午後5時、いつもより少し早めの出港、明日の寄港地ギリシャのパルガまでは少々距離があるためと思われる。ロストラルは正に滑り出すようにコトル湾を出港、行く手に続くフィヨルドの真ん中に人工の島があり、そこに教会がある。ロストラルはこの教会の周りを一周、そして汽笛を鳴らすと、それに反応するかのように教会の鐘が鳴り出した。きれいにな円を描いた航跡を残し、ロストラルは再びアドリア海へと繰り出す。
9/26 パルガ(ギリシャ)
9月も下旬にさしかかろうというのに、船は南下するにつれ日差しも強くなってくる。正午、ロストラルはギリシャのパルガ沖に停泊した。パルガってどんなとこだろうとギリシャのガイドブックで探してみたが、載っていないほど小さな街のようだ。海を眺めてみると、鮮やかなエメラルドグリーンでとても綺麗な色をしている。このあたりはイオニア海と呼ばれる。今日は街へ行きたい人はテンダーボートに乗り、ビーチへ行きたい人はゾディアックに乗る。ゾディアックとはスピードボートで、南極などで氷の上に上陸するときなどに使われる。私はゾディアックに乗り込んだ。
じりじりと照りつける日差し、久しぶりの海水浴、世界中に美しい海はあっても、自信がその海にいることは1年に数日だけ、世界中のあちこちで、特に経済が右肩上がりの途上国などでは公害や環境破壊がニュースで叫ばれる中、地球上にまだこんなにも美しい海があることが救いである。次世代の人もこの海を楽しめるよう、美しさが保たれることを望む。
ビーチから戻って、ライブラリでメガヨットの写真集を見ていた。その紹介されているヨットの豪華さ、競うように独創的なデザインの船体、あらんばかりの贅を尽くした船内、リビングやベッドルームは桁違いの広さ。憧れを通り越してもはやため息の領域である。
夕暮れ時、プールデッキで涼しい心地いい風に吹かれていると、写真をこまめに撮っていた男性と言葉を交わした。この船には珍しくドイツの方で、ポナンやシードリーム・ヨットクラブといったヨット系のクルーズが好きらしい。だいたいポナンの船に乗る人たちは大型船が嫌いな人たちである。ロストラルは、1万トン、船客262名だが。人と人の距離感が程好い。船旅が進につれ、だんだんと船客の顔を憶えてゆき、「あの人と喋ってみたいなぁ。」と思っていると数日後には確実に言葉を交わしている。この船には、フランス、スイス、ドイツ、ベルギー、香港、日本と世界中からのゲストが乗船しているが、皆一様にピュアな人たちである。
9/27
 穏やかなイオニア海の航海が続き、コリンティオス湾の真ん中でロストラルは停止した。
いよいよこのクルーズのハイライト、コリント運河を通過する。
イオニア海からギリシャの首都アテネの外港ピレウスへのショートカットを可能にした。この運河は19世紀の終わりに完成した。
全長6キロ、幅23m、高さ80mの断崖に囲まれた細い運河を1時間かけて通行する。
パイロットが乗り込み、タグボートがロストラルと綱を繋ぎ、ロストラルをまっすぐに牽引できるように、しきりと左右のバランスを調整する。タグボート上で煙草をくゆらせたひげ面の男がロストラルのクルーに向かって大声で指示を出す。左右のバランスがOKになったところで、
ゲートへと入ってゆく。ロストラルも若干エンジンを使う。
ロストラルの全幅は18m。両脇あわせて5mしか余裕がない。
一見して、「運河が細すぎて入れないだろう。」と思うのだが、果敢にもそして以外にも荒っぽく入ってゆく。両岸は何の加工もされておらず、削られたまま、むき出しの崖だ。その崖の高さがどんどんと増して行き、最高80mの高さにまで達し、ロストラルはすっかりと陰に覆われる。
両岸の崖は手が届きそうな至近距離、そこに生えている草木は時折船体に当たっている。お上品なフランス船と思っていたがなかなかアグレッシブである。
約1時間のコリント運河通過というとてもスリリングでエキサイティングなショーの果て、ロストラルの眼前には美しいグラデーションの海が視界いっぱいに広がった。そこはエーゲ海だった。
いや、それにしても凄かった。この経験はけして忘れることはないだろう。
9/28
ロストラルは昨晩のうちにアテネの外港、ピレウスに接岸しており、最後の晩をゆっくりと休むことが出来た。朝目が覚めると、イタリアをはじめ周辺諸国とアテネを結ぶたくさんのフェリーが湾内に停泊している。その景色の中で朝食をいただき、船を後にした。
クルーズ後のアテネでのホテル、ちょっと贅沢してグランドブルターニュに予約を取っておいた。
屋上のバーから綺麗にライトアップされたパルテノン神殿を見ながら、「この1週間のクルーズは夢だったのかなぁ?」とぼんやりと考えていた。


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